日本の夫婦の形【共依存】ダメ夫と経済力のない妻の組み合わせ多過ぎ

時々、一時帰国をしてしばらく日本で暮らしていると、絵にかいたような「共依存」を続けている日本の夫婦や親子関係が嫌でも目に入ってきます。

 

はたから見たら、ずいぶんと不健全で危うい関係なのに、本人同士がその関係を「安定」とか「当たり前」、ひどいケースだと「心地良い」と感じているようで、まぁ、他人がどうこう言う問題なのかもしれません。

 

自分の存在意義が希薄になり、無意識に他者との関係に依存してしまう「共依存」にあなたや、あなたの大切な人は陥っていませんか?

 

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共依存とは

共依存(きょういそん、きょういぞん、英語: Co-dependency)、共嗜癖(きょうしへき、Co-addiction)とは、自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存しており、その人間関係に囚われている関係への嗜癖状態(アディクション)を指す

すなわち「人を世話・介護することへの依存」「愛情という名の支配」である。共依存者は、相手から依存されることに無意識のうちに自己の存在価値を見出し、そして相手をコントロールし自分の望む行動を取らせることで、自身の心の平安を保とうとする。
(出典:Wikipedia-共依存 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B1%E4%BE%9D%E5%AD%98

「人」という字は支え合っていると某有名教師は生徒に説きますが、これってまさに共依存。どちらかがダメになったら共倒れの状態です。

「人」の成り立ちは人を横から見た姿を現しています。

有名教師もドラマでのセリフを否定していますね。

武田鉄矢が金八先生での名言否定「人という字は支え合ってない」 - ライブドアニュ...
21日の「あさイチ」で、武田鉄矢が「金八先生」での名セリフを自ら否定した。国語の教員免許を持つ武田は「人という字は支え合っておりません!」と断言。司会の井ノ原ら...

 

本来だったら、一人ひとり自立すべきなのに、「私がいなければあの人は生きていけない」と勘違いな愛情を注ぐことで自分の存在意義を確認するのが共依存。

 

共依存は夫婦・恋人間だけでなく、友達や親子間でも起こり得ます。

 

共依存の状態

相手の自立を阻むがごとく世話を焼きたがる

必要がないのに過剰に世話を焼きたがる、求められていないのに執拗にアドバイスをする、といった、自分の存在意義を相手に押し付ける、そして相手をコントロールしようと試み、それが上手くいかないと悲観にくれます。

 

「相手にとって有益なアドバイスができるのは自分だけ」と思い込み、相手の自立を無意識に阻みます。

また、夫婦間では、お金を稼げない専業主婦と、家事ができない夫の組み合わせも、「私がいないとこの人は生きていけない」とお互いに信じ込み、共依存に陥る人間関係となります。

現実に起きている問題を直視できない

あきらかに問題行動が露呈しているのに、その問題が解決してしまうと、自分の存在意義が薄れてしまうのではないか?という恐れから、現実に起きていることを直視できません。

例えば、50才になる子どもの経済的援助をしてしまう70代の両親も、「自分たちは必要とされている」という実感が欲しいがため、中年の息子・娘の生活費を払ってしまうのです。

自身の本心がわからなくなる

「相手の為」と言いながらも、その言動は「自分自身を満足させるため」なのでは?という客観視ができません。

当事者同士は共依存の状況を良しとしていますが、遅かれ早かれその関係にはほころびが出始めます。心はどんどん鈍感になり、相手を傷つけているのに、相手に傷つけられているのに、その状況への正しい判断ができなくなります。

共依存の関係を繰り返す

結婚・離婚・再婚を繰り返す人たちの心理的背景には共依存が大きく影響します。

一人では存在意義が見いだせないため、「必要としてくれる誰か」に常に依存しなければなりません。

「他者を通してでなければ自己の確立ができない」という心の在り方に問題意識を持つこともなく、再婚に踏み切り、そして、離婚する、、、本人の自覚がなければ同じような過ちを繰り返すことになります。

なぜ共依存に陥ってしまうのか

他人からの評価を気にする「他人軸」で生きている

世間体を気にする真面目な人に共依存の傾向は強く現れます。

世間やメディアからの情報に踊らされ、評価を受けるにはこうあらねばならない、という「他人軸」で生きています。

相手からの評価を得るためなら自己犠牲もいとわず、自分の意思にそぐわないことも「相手のため」と行動してしまいます。それが喜びとなり、相手を助けている(と、本人が勘違いしている)時にだけ自分の存在意義を感じます。

居場所がない

物理的にも精神的にも心の拠り所がないと、誰かの世話を過剰に焼くことで自分を必要としてくれるのではないか?と考えるようになります。

他人に尽くそうと必死になると、その対象と共依存の関係になる、もしくは、相手が恋人や友人の場合は、「執着されている」「つきまとわれている」と距離を置かれます。

思い通りに相手からの承認が得られないと、さらに執拗に相手に依存しようとし、家族関係、恋愛関係、友人関係は崩壊の一途をたどります。

 

共依存から抜け出す方法

専門家のサポートを求める

この人間関係から抜け出したい!という強い意思があるのであれば、カウンセリングを受けてみましょう。

カウンセラーと話をしていくことで、客観的に自分と相手の関係性について見直すことができます。心の安定のヒントが見つかる一番の近道は専門家に洗いざらい話してみることです。

自身の心を見つめる「一人の時間」を確保する

子どもや配偶者、親、友人など共依存になっているのでは?と思われる人間関係から距離を置いて、心の乾き、孤独の正体と向き合う時間を持ちましょう。

自分の気持ちを安定させるために相手を利用していないか?と自身に問う冷静さが必要です。

他人と自分との境界線をはっきりさせる

赤ちゃんはお世話をしてくれる人がいなければ生きていけません。しかし大人は一人で生きていけます。困ることがあるかもしれない、との心配は、相手の自立や成長を留まらせているだけです。

「自分の手助けは必要不可欠だ」という思い上がりはいったん捨てて、相手と自分は違う人間だということを認識することが大切です。

自立する

自分の人生が他人に左右されている状況から抜け出すためには、経済的自立が不可欠です。

妻が経済的に夫に依存することで、夫は家事労働を妻に依存します。団塊の世代は日本の当たり前の夫婦のあり方と考える方もいらっしゃるかもしれませんが、どちらかが倒れたら共倒れです。

(もちろん、子育て中はどちらかが働き、どちらかが家のことをする、といった役割分担が必要ですよね)

共依存とは相手を弱体化させ、支配することに喜びを見出す精神状態です。生活費を稼げない妻、家事ができない夫をお互いに作りだす婚姻関係は一度見直す必要があるでしょう。

まとめ

本当の愛情は相手が一人でも生きていけるようサポートすること。

どこまでが愛情でどこまでが依存なのか、当事者には判断が困難なのが共依存の一番の問題点です。

「相手に尽くしている自分」を客観的に観察し、それが本当に相手のことを思っての行動なのか、それとも相手をダメ人間にしてコントロールしたいが為の行動なのか、、、

一人で考えても埒があかない場合は早急に専門家に相談したり、専門書を読んでみましょう。

「依存してくる人に手を差し伸べることに依存する」といった「他者ありき」の人生ではなく、健全な人間関係を築くきっかけをぜひ掴んでいただきたいと思います。



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