やりたいことが見つからない?「明日死ぬかも」という思いで好き勝手に生きればいいんだよ

数年前、成田発シドニー行きのフライトで、機内で火災が発生しました。

 

日本ではあまり大きく報道はされませんでしたが、オーストラリアでは「緊急速報」として報じられ、当時のシェアメイトや友達にはずいぶん心配をかけてしまいました。

 

ビジネスクラスから火が出て、エンジン系統に異常をきたしている可能性がある、とのことで、成田に引き返すことになったものの、ガソリンを上空で捨て機体を軽くしなければ着陸できず千葉県上空をぐるぐると旋回。

 

飛行機が少し揺れただけで機内はパニック。CAに怒鳴るおじさん、ギャン泣きする子どもたち、不安そうな中高年のツアー客、祈りをささげる老夫婦、恐怖に震える一人旅らしき若い女の子、おおげさに「Oh my God」を繰り返す外国人たち。

 

パイロットはしきりに「安全です。安心してください」とのアナウンスで乗客を冷静にしようとしていたけど、「エンジン系統に異常が、、、」と言われたら、冷静でいられるはずもない。

 

「早く地に足をつけたい」そんな思いと、「墜ちないよね?」という不安が最大になった時、

「無事着陸したら、私は好き勝手に生きよう」という決心のような気持ちがぼんやりと浮かんできました。

 

35歳の時の出来事でした。

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【1日1日「死」に近づいている】と確信できたとき、「やりたいこと」があふれてきた

つい数時間前に離陸した成田空港に戻り、パニック状態の機内から解放されました。航空会社が用意してくれたホテル(深夜だったため、翌日の便に振り替えられた)の狭い1室で、「いつか死ぬんだ」という実感がわいてきました。

 

そしたら、やりたいことがどんどん頭の中に浮かんできました。

  • そういえば、何年も日本の桜を見ていないな。
  • 親孝行もたいしてしてないな。
  • アンコールワットにも行きたいし、マカオの世界遺産も見たい。
  • 読みたい本もいっぱいあるし、やりたいゲームもいっぱいある。
  • ブログも書いてみたいな。
  • 好きな人と住むって私にできるかな。(当時、現在の同居人と一緒に住む話をしていた)

 

と、ここには書ききれないくらいの「死ぬまでに生きたい場所」「死ぬまでにやりたいこと」が超具体的にリストアップできたのです。しかも「絶対に先延ばしにしてはいけない!」と思ったんですよね。

 

当時、正社員で平々凡々とした生活を送ってきました。お給料にも不満はなく、このまま定年まで働き続ければそれなりの老後が送れるだろう、と。いわゆるどこにでもいる普通のおばさんでした。

 

この飛行機火災事故から5年たった今、上記にあげた「やりたいこと」はすべて完了しましたが、現在進行形でまだまだ「行ってみたい場所」「挑戦してみたいこと」、逆に「これだけはやりたくないこと」などは、次から次へとでてきます。

 

「死」を意識したら、「いつか」なんて来ないかもしれない、だったら「今」やらなきゃ!という考え方に変化し、何のためらいもなく行動ができるようになりました。

 

飛行機の火災事故をきっかけに「先延ばししないで、やりたいことを今やる」と決め、大きな変化があったことについてお伝えします。

世界遺産を巡る一人旅

「死ぬ前に見ておきたい景色」は人それぞれ違うと思いますが、私が魅かれたのはアジア圏の世界遺産。

幸い、当時の職場は休みが取りやすかったので、長期休暇のたびに、インドネシア、マレーシア、カンボジア、マカオ、シンガポールを一人で周りました。

 

「生きててよかった」と心から思える景色を見て、おいしいものをたっぷり食べて、歩き疲れてぐっすり眠る。こんな幸せなことってないな、としみじみ思いました。

 

現地の人々と接し、現地の歴史や文化に触れ、「私は何にも知らないんだな」と大人になったつもりでも私はまったくの無知でした。

 

旅に出るたび、「まだまだ生きるぞ」という不思議なモチベーションが上がってきます。

参加者の92%が女子一人旅! 完全プライベートの癒し女子旅

「いつでもできる」と思っていた親孝行を実行してみた

大きな病気になったり、事故に巻き込まれなければ、高確率で親の方が早く死にます。親孝行は「いつでもできるから、今はいいや」って思ってちゃいけない。「できるときにできることを」を目標に、まずはシドニー旅行をプレゼント。

(と言っても、私の家に泊まってもらったので実質航空券だけ)

 

浴室暖房機や台湾旅行やAmazonプライム家族会員権、親が受取人になっている生命保険など、これも好き勝手に「親孝行」という名のもとプレゼントしてきましたが、これも一種の「好き勝手」です。

 

きっと親はそんなこと望んでなくて、普通に生きてほしいのだと思います。

「絶対に無理」と思っていた共同生活に挑戦してみた

現在の同居人と一緒に住むことを決めたのも、この飛行機トラブルの後のことでした。

30過ぎたらもう自分の生活リズムって決まっていて、いくら好きな人とはいえ、いまさら誰かと住むのも面倒くさい、という気持ちしかなかったんですね。

 

でも。

 

結果から言えば、家族以外の人と一緒に住んで、毎日一緒に過ごしていると「家族」みたいになっていくのだなぁと。一人で暮らしていた頃はこんなに笑うことなかったな、と同居人の存在をとてもありがたく感じています。

 

「来週からバリ島に行ってこようと思ってる」という突然の旅心も、あっさり受け入れてくれる同居人は好き勝手生きるための最良のパートナーだと思っています。

無駄な人間関係の断捨離

どうでもいい人間関係は「時間・気力・お金」を消耗させるだけ、好きな人、大切な人とだけ付き合っていこう、と決めました。

 

それからは、惰性でやってたSNSをやめ、気が乗らない誘いは断り、「仕事で付き合いがあるから」とか「付き合いが長いから」とか訳のわからない理由で続けていた関係もばっさり切ってしまいました。

 

メールやチャットの返信も最低限にし、徹底的に「自分の時間」「好きな人との時間」を最優先させてみたら、見事に友達減りました(笑)

 

日本の教育だと「みんな仲良し」が推奨されるけど、自分の時間を自分だけのことに使いたいんだったら、嫌われてた方が都合がいいんじゃないかなと思う。誘いを断るのもエネルギー使うし。(断れば断るほど誘われるという謎の現象も起きるんだよね、、、)

 

不必要だった人間関係にイライラしたりモヤモヤしたりしなくていいっていうのはこんなにも気分が晴れ晴れするものかとやっと気づくことができました。

仕事をやめて無職になった

40才の時に仕事を辞めて、自分には関係がないと思っていた「無職・引きこもり」になりました。

たいていの日本人がそうであるように、「安定」、「貯金」、「世間体」みたいなものに、無意識に感化され、周囲と同じように働くことで安心してたんですよね。(何を根拠に「安心」していたんだろうか?)

 

でも、よくよく考えてみたら、「安定」なんて言葉自体があやふやだし、「貯金」も上を見ればきりがないし、「世間体」なんて他人が作った妄想みたいなもんじゃないですか?

 

そんなものには一切興味がなかったんですよ。

 

無職というか、もう隠居生活みたいなもんです。(仕事探してないからね)

 

好き勝手に自分本位に生きてみよう、そう決めた時から、「仕事なんかしてる場合じゃねーな」とうっすらと感じていました。それを実行に移せたのが今年4月。

 

それから半年たった今、山も谷もなく日々はたんたんと滞りなく過ぎていきます。

 

好きな時に起きて、好きな場所にふらっと出かけて、好きな時間に好きなもの食べて、毎日適当に生きています。旅に出たいと思えば、明日にでも出発できる自由さは何者にもかえがたい。

 

ストレスがないと白髪と抜け毛が減る、そんなことに感動しながら、今はおうちに引きこもっていられる幸せを感じています。

まとめ

ななめ読みだった方だったら1分、じっくり読んだ方だったら2分、ほんの少しあなたは死に近づきました。生きている時間は有限。つまり、時間=命なんですね。

 

だから、今から好き勝手に生きてみよう。

限りある時間をくだらない人間関係のために使うのをやめよう。

好きな人には「今」好きって言おう。

行きたい場所には行き、食べたいものは食べ、自分が喜ぶものは与えよう。

「我慢・忍耐・努力」気が進まないならそんなことしなくていいよ。

 

と、無職の引きこもりが言っても説得力ないかな?

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ふくちゃん

海外在住引きこもりブロガー
静岡県からオーストラリア・シドニーへ海外移住した元保育士。現地での仕事を辞めて、ゆるゆると心地良い引きこもり生活の真っ最中。事実婚パートナーの中華系マレーシア人との適度に適当な暮らしをブログで綴ります。

詳しいプロフィール



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