ほっこり仲良し老夫婦を目撃 自分の老後を考えてみたら意外といい線いってるかも


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普段は引きこもって暮らしていますが、週末はマレーシア人・パートナーと近所にランチへ出かけます。

 

【関連記事】子どもがいない事実婚夫婦 2人の休日の過ごし方 in シドニー ~ある土曜日の日記~

 

今日はベトナム料理屋でフォーの気分だったので、車で15分くらいのベトナム料理屋がたくさんある街へ。ちょうどお昼時だったので、香港人の老夫婦と相席になったんです。

 

日本ではどうかわからないんだけど、オーストラリアだと相席になった人とどちらからともなく挨拶したり世間話がはじまるから、私にはちょっとレベルが高い。知ってる人と話をするのも面倒くさいのに、知らない人とならなおさら。

 

でも、この時はこの老夫婦のほっこり具合に素直に「いいなぁ」と思い、相席の心理的な壁がなくなっていたんですよね。(パートナーが広東語を話せるから、ってのもあったんだけど)

 

その香港人老夫婦のほっこりぶりを間近で見ていて、「こんな夫婦になりたい」と微笑ましい気分となると同時に、「日本の男じゃむずかしいだろうな」と母国の男性にネガティブな感情もわいてきたのも正直なところ。

 

今回のお話の主人公は「ほっこり老夫婦」と「日本人の男」「私たちカップル」の3者。それではいってみましょ~。

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ベトナム料理屋で出会った老夫婦は「ほっこりレディファースト」

この香港人ご夫婦、みたところ60代半ば。ちょうど私の親世代。

 

おじいちゃんは席に着く前に奥さんの椅子を引いてあげて、食事の前は紙ナプキンやお箸を奥さんに渡し、食事中は「妻が愛おしくてしかたがない」といったふうに、大好きな奥さんの食べる姿をニコニコとみつめ、時々談笑をしていました。

 

奥さんはその都度「唔該(ムゴーイ)」(広東語でありがとうの意)と言ってて、なんかいいな、と思った。お互い感謝し合う老夫婦って素敵すぎる。

 

食後は旦那さんがお金を払い、店員さんに挨拶をした後、手をつないでお店をでていきました。老夫婦が手をつないで歩いている姿って最強の「ほっこり」

 

レディファーストって別に難しいことじゃなくて、好きな人に何かしてあげたいという気持ちの表れなんだよね。

 

この2人にお子さんがいるのか、お孫さんがいるのか、それとも子無し夫婦なのかはわかりませんが、どちらにしても年をとったら大多数の夫婦は2人だけの生活になります。

 

だから、年を取っても仲良しの夫婦なら老後も楽しいでしょう。何歳になっても配偶者の「好きな人」の立場にいられれば、どんなにに幸せでしょう。

 

私たちには子どもがいないので、目の前でポークチョップをほおばっているパートナーと2人の老後をぼんやりと考えたわけです。

 

少なくとも私は、この人となら大丈夫だろうな、と根拠のない前向きな予想をしているのですが、数か月後「破局しました」なんて記事を書いてるかもしれないけど(笑)

日本の男(一部)で妻を母親・家政婦扱いしてる奴って何なの?

記事内容とは関係ないけど、オーストラリアのベトナム料理屋は安くておいしい。食事を注文するとたっぷりのモヤシと唐辛子がでてきます。

その一方で、奥さんに「何でもやってもらって当たり前」という態度の日本人男性を見ると、心からイラっときます。

 

私の場合、日本人男性といったら一時帰国したときに会う身内の男性ばかり、という前提がそうさせるのかもしれません。田舎だと男尊女卑ってまだまだ根強いですから。

 

「レディファースト」や「奥さんに感謝」なんて「くだらん!」って思ってますよ、やつら。

 

あなたの奥さんはあなたのママでも家政婦でもないんだよ?いい大人が身の周りのことを誰かに依存しているのってどうかと思うよ?

 

もっと配偶者を大切にしたらどうなんだ、ええ?

 

ありがとうって言ってる?ありがとうって言われてる?まともな会話ある?

 

(ちょっとウザいですね、、、、)

 

いくら奥さんより稼いでいようと、自分の身の周りのこと(ごはん作ったり、洗濯したり)ができない男は地雷物件。一人暮らしの経験がない男って、生きていくために必要な知識がずっぽり抜け落ちちゃってる。

 

まぁね、その男が悪いんじゃなくて、その男のママがちゃんと教えなかったのが悪いし、日本って20歳超えても親元に住んでても別におかしくはないし。

 

一番まずいのは「夫婦間の共依存」旦那は奥さんに依存し、奥さんも「この人は私がいなければダメなんだ」と思いこんじゃって、どんどん関係がおかしくなってしまう。

 

夫婦間の共依存についてはこちらの記事参照 ⇒日本の夫婦の形【共依存】ダメ夫と経済力のない妻の組み合わせ多過ぎ

 

槇原敬之さんの名曲「もう恋なんてしない」の歌詞に、「紅茶のありかがわからない」ってのがあるのですが、これについてもよくよく考みると、「この歌の主人公は自分で紅茶を入れたことがない」ってことですよね、、、、。

 

それに気が付いたときに「ふざけてるなぁ」と思いつつ書いた記事はこちら ⇒家事能力がない男はもう恋なんてするな! 経済力だけじゃダメだよね

 

あー、こういう話になるとイライラしてきちゃうから、「ほっこり」に話を戻しますね。

マレーシア人パートナーとは「ほっこり老夫婦」になれるかもしれない

このブログに時々登場する私の事実婚パートナーのマレーシア人のタムタム。

 

日本語学習のために「3匹のこぶた」や「のんたん」を読み聞かせています。タムタムは40過ぎのおじさんだけど興味深く物語の日本語を聞き取ろうとしているので、子ども向けのお話の方がシンプルでわかりやすいんですよね。

 

ある日、「桃太郎」を読んだとき、「おじいさんは山へ芝刈りにおばあさんは川へ洗濯へ」のくだりの部分に対し、

タムタム
ぼくがおじいさんだったら、芝刈りもするし洗濯もするよ。川で洗濯なんて、おばあさんの手が荒れちゃうじゃないか!

 

タムタム
それかさ、「一緒に山へも行くし、一緒に川へも行く」ってのがいいんじゃない?夫婦なんだから別行動することないよ。

 

とのこと。

「桃太郎」に対してこのような感想を持つ人は初めてでした。

 

日本だと男女間に暗黙の了解の「役割分担」ってあるじゃないですか。

 

ん?そんな記事書いたな、これか ⇒女は家事をして当たり前なのに、男が家事をすると褒められる理由は役割意識が根強いから

 

外国人男性だと男女間の役割の境界線が日本人男性より曖昧。だから女性も経済的な自立を求められる一方で、家事も育児も一緒にやろうね、というスタンス。

 

「養われて当たり前」と考える専業主婦志望の女性にはちょっと冷たく感じるライフスタイルかもしれません。

 

でもね、童話「桃太郎」で「おばあさんの手荒れ」を心配し、「山も川も一緒に行けばいい」という言う人だったら、老後の「ほっこり老夫婦」も叶うんじゃないかなぁ。

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ふくちゃん

海外在住引きこもりブロガー
静岡県からオーストラリア・シドニーへ海外移住した元保育士。現地での仕事を辞めて、ゆるゆると心地良い引きこもり生活の真っ最中。事実婚パートナーの中華系マレーシア人との適度に適当な暮らしをブログで綴ります。

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