海外在住・日本の災害発生時にわいてくる無力感や罪悪感みたいな感情ってなんだろう

今朝、近畿地方で大きな地震起きて、あわてて日本の実家や関西地方に住む友人に安否確認をしました。幸い、私の家族・親戚・友人は無事でしたが、これから二次災害も起こり得ることを考えるとまだまだ油断はできません。

 

今回も、311の地震・津波の時も熊本地震の時も、私は在住国のオーストラリアでそのニュースを聞き、祈るような気持ちで日本にいる大切な人たちに連絡をとって、返信があればほっとするのですが、そこに湧き上がる「私は無力だなぁ」という感情も無視できないんですよね。

 

普段は「他人のことは知ったこっちゃない」と思っています。人の目、世間の目はいっさい気にせず好き勝手生きています。そもそも他人に興味がないので、誰かと会うことも面倒くさいし、できれば1人で過ごさせてくれ、と思いながら暮らしています。

 

でも、日本の災害は別です。

 

生活の基盤はオーストラリアですが、まだ日本国籍を捨てていないし、家族は全員日本にいるし。被害状況を確認しようとニュースをチェックすると、そこには被害に合われて苦しんでいる方、悲しんでいる方がいる。

 

私は悪くないのに、「ごめんね」と謝りたくなる感情って何なんだろう、と思う。

 

だから、今朝かもやもやっとした嫌な気分になっていてねー、ちょっとここらで落ち着かなければ。

スポンサーリンク

人間は無力

地震の被害状況をニュースで確認すると、自然には抗えないんだな、とあきらめのような気持ちになりました。

 

「私は何にもできないんだな」と。

 

ボランティアに行くことも、ネットで有益な情報を発信することも、何にもできないんですよ。「何にもできない」ことをブログに書いてるくらいですからね、もうどうしようもないですね。

 

何かできるかも、と思うこと自体が傲慢なのかもしれませんが。

 

「地震のない安全な国でぬくぬく生活している」という事実の罪悪感みたいなものもあるんです。

 

それは311の時に顕著に表れた感情でした。

 

テレビニュースで映し出される被災後の日本の姿を目の当たりにするたびに、メンタルがおかしくなるくらいの「無力感」「罪悪感」「自責」、そして地震を経験したことのない外国人からの薄っぺらい励ましのような言葉へのイラ立ち。

 

まぁね、しかたない。どうしようもない。

だって、何にもできないんだもん。

通常通りの生活を送ることが復興への近道

だからさ、私のような外野や被害に合わなかった人たちは、通常通りに生活してがんがん経済をまわして、できる範囲で被災地へのサポート(寄付とかボランティアとか)していくのが一番なわけで。

 

明日からは通常運転、普段通りくらだらないツイートやどうでもいいブログを発信していこう。

 

なんか、ぜんぜんまとまってないけど、今日はこれでおしまい。

The following two tabs change content below.

ふくちゃん

海外在住引きこもりブロガー
静岡県からオーストラリア・シドニーへ海外移住した元保育士。現地での仕事を辞めて、ゆるゆると心地良い引きこもり生活の真っ最中。事実婚パートナーの中華系マレーシア人との適度に適当な暮らしをブログで綴ります。

詳しいプロフィール



スポンサーリンク



スポンサーリンク



ABOUTこの記事をかいた人

静岡県からオーストラリア・シドニーへ海外移住した元保育士。現地での仕事を辞めて、ゆるゆると心地良い引きこもり生活の真っ最中。事実婚パートナーの中華系マレーシア人との適度に適当な暮らしをブログで綴ります。

詳しいプロフィール