新年の抱負が思いつかないなら無理に決める必要はないと思う理由




2020年1月1日にこの記事を書いています。今年もよろしくー!

 

ところで、これを読んでるあなたは「新年の抱負」とか「2020年の目標」とか決めました?私は特に思いつかないんですけどね。

 

元日の今日、ツイッターのタイムラインには「あけましておめでとう」の言葉とともに「抱負」や「目標」を掲げ人たちが多くて「1年の計は元旦にあり」なんて言葉を久しぶりに思い出しました。

 

そんな中、私の主張はこちら。

 

このツイートだけ見ると、私がとってもアホみたいなので補足(言い訳?)をさせてもらおうかなと思います。




新年の抱負や目標を掲げたところで未達に終わることの方が圧倒的に多いと思う

去年のお正月に立てた目標や抱負は忘れちゃってるでしょ?覚えてても未達に終わってるでしょ?

 

そんなもんなんですよ。(私はね)

 

それでもお雑煮とか蟹とか食べて、家族や恋人となんとなく楽し気に新しい年を迎えているのであれば、それはそれでいいんじゃないでしょうか。

 

それに「目標」だの「抱負」だのを掲げたのだから「やらなきゃ」と強制的に何かに取り組むってのも何か違うと思うんですよね。

 

やりたくなったらやるんだし、やりたくないことはやりたくないし。(自分に激甘!)

やり遂げたいことがあったら、変にテンション上げちゃダメなんですよ。上がったものは下がるんです。

 

その日の気分に左右されずたんたんと積み重ねていくのが一番の近道ですから。

 

だからねぇ、元旦だからといって張り切って今年の目標を決めてもねぇ、、、という気分なんですよね。

 

意識高めの人たちは「目標を紙に書く」「手帳に書く」

でもって潜在意識だの引き寄せだの言ってますけど、「ふーん」としか思えなくて。

 

別に否定してるわけじゃくって、私だったら書いた紙をそっこうなくすでしょうし、毎日予定がない生活なので手帳を開くこともないですから。。。

目標はその時のスキルによって変化する

まぁ、そんな感じでぐーたら過ごしていても「できること」は増えていくんですよね。

 

「スキル」って言葉を使うとかっこつけすぎかもしれないけど。

 

私はいくつもブログを立ち上げているうちにワードプレスのサイト作成は迷いなくできるようになりました。

 

そうすると今度はHTMLやCSSを勉強したくなる、、、みたいな感じでその時にスキルによって目標って変わってくると思うんですよね。

 

その年の途中で勉強したいこともやりたいことも変わってくるし、年始めの「決意」や「目標」なんて私はいとも簡単に崩れます。

 

興味や関心だって流動的なものだと思うし、人って基本飽きっぽいんじゃないでしょうか。

 

鉄の意志を持ったすごい人たちはどんどん成功していくんでしょうけど、あっちこっち寄り道するのも悪いことばかりじゃないですよ。

 

いつか点と点が1本の線に繋がる可能性だってなきしもあらずです。

思考や行動は出会う人に影響を受ける

こちらのツイート、私が2019年にやったことをあげてみたんですが、これね、ぜんぶ「出会った人から影響を受けて達成したこと」です。

出会った人・仲良くなった人から影響を受け、自分の行動や考え方が変化していくってことを実感した2019年でした。

 

バリ島旅行、関係なくね?と思うかもですが、これもねー、「この人がいなかったらバリ島には行ってなかったな」っていう出来事だったんですよ。

 

【関連記事】不意の旅心【バリ島・女ひとり旅】サヌールでゆるゆる過ごした1週間

新年の抱負「New year resolutions」

英語圏でも「New year resolutions=新年の抱負」という言葉があります。

 

事実婚パートナーのタムタムにさっき聞いてみたんですよ。

 

ふくちゃん
タムタムのNew year resolutionはなに?

 

タムタム
特にないよ!

とのこと。

 

この人もやるときはやる人ですから、新年だからといって抱負や目標を掲げてなくても私はまったく不安はありません。

 

ってことで、2020年初投稿がけっこうなぐだぐだ具合になっちゃいましたが、今年も本ブログをよろしくお願いいたします。

2020年1月1日

ふくちゃん&タムタム

 

 












ABOUTこの記事をかいた人

静岡県からオーストラリア・シドニーへ海外移住した元保育士。現地での仕事を辞めて、ゆるゆると心地良い引きこもり生活の真っ最中。事実婚パートナーの中華系マレーシア人との適度に適当な暮らしをブログで綴ります。